カテゴリー | 国際 |
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名前 | 赤井 智子 |
所属 | 日本赤十字社医療センター 5A周産母子ユニット |
私は、日本赤十字社医療センターの周産期母子ユニットの看護師長として勤務をしています。日本赤十字社医療センターは、国際赤十字を支える機関のひとつとして国際医療救援を行うことも使命の1つです。私は国際救援要員として登録しているため、派遣要請の依頼があれば赤十字の医療スタッフとして海外での活動も行っています。新型コロナウイルスの影響により一時的に通常の国際救援活動も減少していましたが、現在は感染対策に注意しながら活動量は感染症が流行する前の状態に戻りつつあります。平時に行っている海外支援事業は、事前に派遣時期がきまっているものがほとんどですが、私は緊急救援というタイプの派遣が多く、この場合は要請があったらすぐに準備を行い現地に出向きます。また、派遣から帰国した後には、国際救援に興味がある方へ向けて、「シェアの会」という場で活動報告なども行っています。
一昨年までは大学で国際・災害看護学についての授業を担当させていただいていました。大学や大学院で、これから国際救援に参加することを目標にしている学生さんたちが国際医療救援の実際を知ることができるような講義を行いました。
海外支援・救援活動に興味を持ったきっかけと決め手
私は、短期大学で看護師の資格を取得した後、保健師の資格を取得するために、日本赤十字看護大学に編入しました。大学のカリキュラムの中には「赤十字概論」という科目があり、短期大学でも既に勉強した内容でしたが、編入して再度学んだこの授業が国際活動を看護師目線で深く知るきっかけとなりました。海外で活躍している看護師さんの経験談を聞くのはとても楽しいと感じていた一方で、英語を話すことが苦手だったことや、国際救援があまりにも自分の今の生活とはかけ離れており、とてもハードルが高く、その時はまだ、他人ごとのように感じていました。
看護大学を卒業した後は、赤十字病院に就職し赤十字の理念である「人道」について意識する機会があり、傷つき弱っている人の背景に関係なく、苦しみを取り除くケアを実践できることや、それが日本だけではなく海外でも仕事として赤十字の組織がサポートしていることに興味を持ちました。まさか私が国際救護活躍の派遣メンバーとして参加することができるとは思っていなかったのですが、院内で身近なスタッフが海外派遣後の報告会で、看護師の専門性や自分の特性を活かした活動ができると話されていたことに興味を持ち、「もしかしたら私にもできるかもしれない」と具体的に国際救護活動への参加方法を考えるようになりました。
助産師を目指すきっかけ・国際救援で出会った助産師の姿
就職してから4年間看護師として勤務した後に、1年間ワーキングホリデーでオーストラリアに行きました。ワーキングホリデーに行くこととなったきっかけは、患者さんとして入院されていた国際系の大学教授の方が「日本だけじゃなくて海外にも行ってみるといいよ。」と、海外に関するさまざまなお話をして下さったことでした。それに心を動かされ海外にいくことを決意しました。ワーキングホリデーで海外の医療施設で働いてみて、改めて看護師という仕事の素晴らしさや楽しさに気づくことができました。その時に、さらに看護師としてスキルアップをしたいと思い、大学に編入して学びを深めたのち、3次救急の病院で勤務をしながら国際救援の要員になるために様々な研修を受けました。
そんな中、インドネシアに国際救援へ派遣されることがありました。現地で診療所を開設すると、多くのけが人が押し寄せてきました。その中には、妊婦さんや赤ちゃん、子供もたくさん来ていました。看護師として、成人病棟や手術室で様々な疾患に対する知識や経験はあり、どのような場面でも対応できると思っていましたが、妊産婦さんや赤ちゃんを前に、「何もできない」という自分の役割の限界を感じました。そんな思いを感じている中、チームの中にいた一人の助産師が、母子手帳をみながら保健指導をしたり、赤ちゃんの心音を聴いたり、お腹を触診して妊婦さんから喜ばれている姿を見て、海外でしっかり活躍でき、人々から求められ、自立している助産師の姿がとても印象的でした。その時に助産師という仕事に大きな魅力を感じました。助産師は1人で行うことができる業務の広さがあり、看護師よりも多くの責任感が求められる職種ではありますが、それを超える達成感を得ることができるのかなと思い興味を持ちました。自分自身の知識や経験を活かし、赤ちゃんからお年寄りまで、全ての人々に携わることができるようになりたいと助産師になることを決めました。
バングラデシュの国際救護活動へ派遣された際に、ミャンマーから逃げてきた避難民の救護活動を行いました。何とかバングラデシュへ逃げてきた妊産婦や赤ちゃんの多くが身も心も疲れ切った状態で難民キャンプで生活を送っていました。到着したばかりのキャンプは、水やトイレが充分に整備されていないことにより、主に下痢や皮膚病を患っている人が多く、お母さんたちは食事も水も摂れずに蒸し暑い環境下で3~4日かけて逃げてきているため、脱水により母乳が出ない人も多くいました。
診療を行っていた中、4か月くらいの赤ちゃんを抱いた母親が訪れました。赤ちゃんは全身の皮膚が爛れて剥がれ、触れるとズルっと剥けてしまうような、まるで全身に火傷を負ったような状態でした。医師の診断で皮膚の症状が感染症によるものであることがわかり、皮膚を清潔に洗って、全身をガーゼや包帯で保護しましたが、赤ちゃんの四肢の筋緊張が弱く、大泉門が陥没しているのが遠くからみてもはっきりわかる脱水状態でした。そこで、お母さんにいつものように授乳してもらいましたが、赤ちゃんは上手く吸啜できずすぐに泣いてしまい授乳が全くできない状態でした。お母さんの母乳の分泌量を確認すると全く分泌がなかったため、お母さんには母乳分泌量を増やすために、経口補水液を飲んでもらいました。また、赤ちゃんの吸啜能力を確認しようと、シリンジで経口補水液を口に注ぎましたが、上手く飲むことができませんでした。赤ちゃんの状態をよく診察していくと、染色体異常がありそうな顔つきであることがわかり、それが理由で吸啜が上手くできないと考えられました。まずは脱水状態の赤ちゃんを救うために、母親にシリンジでの水分補給をしてもらう方法を指導しました。最低限の事しかできなかったと感じていますが、なんとか「命をつなぎとめることができた」と様々なことを考えさせられた症例でした。
大変と感じることなどがあったらお聞かせください。
海外の救護活動に参加して大変だと感じることは、一緒に働く助産師のレベルが国ごとに行われている保健活動や役割によって異なっており、できることが少しずつ違うことです。私は普段日本の病院で働いているため、病院の中の助産師ということでできることが限られています。しかし海外では、皮膚の縫合を行うことなど、普段の日本の病院の中で助産師がしないことを要求されることもあります。また、知識面でも専門分野に差があります。例えばバングラデシュの助産師は避妊について知識量が多く、インプラントの副作用についての説明もできますが、日本の助産師は避妊についての知識量はバングラデシュの助産師と比較すると低いと感じます。そのようなことを知っているか知らないかで、派遣先の現地で生活する人達には充分な健康指導ができないため、どのような健康管理が必要なのかという知識は持っていないといけないと思い日々勉強が必要と感じています。
また、お産に関する判断量に関しても違いを感じることがあります。救援活動に行った際に一緒に活動していたフィンランドの助産師はお産に関して対応範囲が広く自律しており、派遣先には医師が少ないからこそ判断も素晴らしいと思いました。派遣先での医師がいない場所での助産師としての判断は、私自身ももっとブラッシュアップしていかないといけないと体感しました。日本にいると赤ちゃんの具合が悪くなるとすぐに近くの病院へ搬送できるのですが、搬送がすぐにできない、搬送に時間がかかる場所など、日本とは違う環境があり、様々な選択肢を持てるように柔軟に考えなければならないと思っています。
発展途上国に派遣された際には、派遣先の国の理解を深めるために家族計画の知識は必須となります。家族計画を知った上でのケアができるように、今の発展途上国の状況や現地の人の考え方を知ることは大切にしていきたいと思っています。これまでの看護師や助産師としての経験を生かし、自己研鑽をしていくことで、人々の役にたてるような関わりができたらと思っています。
国際救援はいつ派遣依頼が来るかわからないため、日本にいながら「いつでもすぐ」行くことができるように海外のニュースをチェックしています。世界中の最新情報が流れているBBCニュースはいつも欠かさず確認し、どんなことが海外で起こっているか、世界的にどのようなことが注目されているかを把握するようにしています。そして、今まで国際救援で一緒に活動した現地の人たちと連絡を取り合ったり、赤十字の国際救援要員には定期的にメールが送られて来たりするため、その情報も見逃さないようにしています。
国際救援活動に興味をもって就職される方は多いのですが、道のりが長く途中であきらめてしまう人が多いことも事実です。海外の助産師さんとの協働は視野が広がるので、助産師として自分自身の成長にも繋がります。私は途中から助産師になりましたが、チャレンジをすることに年齢は関係ないように思いますし、是非挑戦してほしいです。コミュニケーションの手段として、ボディランゲージは共通言語かなとも思います。
日本で学んできたお産介助を行ったとき、フィンランドの助産師さんから、「エレガントなお産」と評価されました。いつも行っている当たり前の技術ですが、身体を傷つけないお産の手技は、本当に素晴らしいと思っています。是非皆さんも海外で日本の助産の技を発揮して、世界中で助けを必要としている妊産婦さんのために活躍してみてください。