カテゴリー | 出生前診断に関する相談 |
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名前 | 小笹 由香 |
所属 | 東京医科歯科大学病院遺伝子診療外来 (現在は臨床試験管理センター) |
遺伝子診療外来では、大学教員として立ち上げから関わり、主に出生前診断に関する各種検査に関する意思決定支援などを中心に担当していました。現在は治験や臨床試験などをマネジメントするセンターで看護管理者として勤務しています。治験にはがんや難病などのゲノム医療も含まれることもあり、前職が役立っています。また、センターに所属するスタッフの妊娠、育児などのサポートも管理者として関わることができて、職場における助産師としての役割も果たしていると思います。
助産師を目指したきっかけは何でしょうか?
母が私を産む際に、産科の主治医から勇気づけてもらったり、元気づけてくれたりするようなあたたかな言葉をかけていただき、心から感謝していたことを何度も話してくれていたことが、大きなきっかけです。 中学生のころ、女性の立場で生きること、自立して仕事をすることを大切にすることを学び、女性の立場で支援ができる仕事が良いなと思い、助産師や産科医が将来やりたい仕事の候補として見えてきていました。そのおり、たまたま隣の席になった同級生のお父様が、実は母の話していた主治医であることがわかり、何か出産に関わる仕事に対して強いご縁も感じ、助産師になろうと考えました。友人とはその後も親しくお付き合いし、のちに彼女のお産にも立ち会うことで、ご恩返しができたような気がしています。
これまでの助産師としてのご経験を教えてください。
大学を卒業して、助産師の免許をとってから4年ほど三楽病院で助産師として勤務したあと、東邦短大で母性看護、助産の実習や講義を担当しました。また、大学院生時代には、出生前診断に関する意思決定支援について研究をしていたのですが、その時に、母校での遺伝子診療外来の立ち上げに関わり、そのまま医学部・歯学部を含めた遺伝医療、ケア、倫理に関する講義などを担当する大学教員として9年勤務しました。しかし、もともと臨床現場から看護職の教育に関わりたいと考えていたため、思いきって看護部に転職し、外来や産科病棟、看護部の総務担当、日本医療研究開発機構(AMED)によるゲノム医療に携わる看護職の教育プログラム開発などを担当し、現在は臨床試験管理センターに所属しています。現在も他大学・大学院を含め、出生前診断や倫理に関する講義を担当しています。
現在の仕事を始めるきっかけを教えてください。
遺伝医療に携わるきっかけになったのは、2つあります。
まず最初のきっかけは、三楽病院で助産師として勤務していたころ、超音波の検査で、胎児の首の後ろにむくみがあるという結果で、人工妊娠中絶を選んだ女性が、次の妊娠では検査をせずに、何があっても産むという決断をされたことがありました。このお母さんが、1回目と2回目の妊娠中に感じていたことや考えにどのような心境の変化があったのか、とても気になりました。
次のきっかけは、学生さんの実習現場で、流れ作業のように羊水検査が実施されている状況に遭遇し、出生前検査・診断受ける妊婦さんは、どんな思いを抱え、どんなことを考えて検査を受けるのか受けないのかを決定しているのかが気になりました。
この2つの経験から、妊娠が確定していないなど、周りに相談がしづらい妊娠初期は、まだ助産師外来に来る前の期間ですが、助産師としてもっとそんな時期から何かできることがあるのではないだろうか、と考え始めました。そしてそんな妊娠初期にいろいろ不安に思うことの1つとして、「出生前診断」に着目しました。妊娠初期からしっかりケアできることで、その後の妊娠生活や出産、育児も、自分なりに頑張っていける女性になっていくことを、支援するのが助産師の仕事ではないのかと考えていたので、妊娠初期の出生前診断についての研究を基に、遺伝子診療外来でのケアを実践することになりました。
心に残っているエピソードを教えてください。
出生前診断は、自身の子どもにダウン症や障がいがあったらどうしよう、産めないかも、と思う方が来るというイメージもあるかもしれません。 その中で、遺伝子診療外来に受診され 「今日は出生前診断についていろいろちゃんと理解しようと思ってきました!」と相談に来られたご夫婦との出会いが心に残っています。妻は保育士で、障がいがある子どもたちにもよく関わっていて、その中でもダウン症がある子どもについて、特に大変であるという印象がなく、夫も障がいのある子どもが生まれることに関して、特にネガティブなイメージを持っていませんでした。したがって、どんな子どもであっても産もうと思っているために、出生前診断を勧める両親に、その旨をしっかりと根拠をもって説明がしたいとのことで受診されました。相談が終わって最後に、「来てよかったです。これで自信をもって両親に自分たちの考えを話せます!すっきりしました!」という言葉とともに安心した表情になって帰っていくご夫婦の様子を見ていて、どのような選択であったとしても、ご夫婦の決断を支えるという仕事をしてきてよかったな、と思いました。
出生前診断に関する意思決定を、誰とどのように相談し、どの意見が優先されるかはそれぞれの夫婦によります。これは、今後の子育てにおいても同様で、教育や進学など、ご夫婦どちらかの意見が食い違う場合などと同じで、その人の家族や両親・周りの方などの影響を受けていることが多くあります。したがって、いのちの始まりである妊娠初期に出生前診断について考えることは、これからのご夫婦やお子さんの将来のことも考えるきっかけとなると感じたため、出生前診断に関する正しい知識を得るだけではなく、ご夫婦と向き合って話をする重要性を強く感じました。
ご苦労されたことがあれば教えてください。
一番苦労したなと感じていたのは、大学院生の時です。当時は、出生前診断を受ける女性の意思決定について研究しながら、産婦人科で外来勤務をしながら、院内での遺伝子診療科の立ち上げに参画していました。特にモデルもなかったため、学びながら、走りながら、試行錯誤の繰り返しで本当に忙しい日々を過ごしました。 忙しい日々の中でも助産師らしさを忘れないと心に決めていましたが、遺伝に関する学び・仕事・家事などの両立に加えて、数々の困難に立ち向かうことになり、なかなか思う通りにいかない日々に心折れることもたくさんありました。ただ、助産師として、遺伝子診療外来でかなりしっかりと時間をとって、ケアに関わることができ、お腹の赤ちゃんを想って流された妊婦さんの涙や、結果をお伝えした時の安堵の表情、思わぬ結果に驚きつつも、ご夫婦で乗り越えていこうとする力強い姿などに出会い、今思うと、妊婦さんを支えていたつもりですが、支えられていたことや周囲に恵まれていたことも気づかされることも多くあります。
これまで出生前診断は特別なこととして分けるのではなく、“ふつう”の妊婦健診の中で、助産師が“ふつう”に相談に寄り添えるようになったらいいな、とつねづね思っていて、それが助産師の役目ではないかと考え、研究・臨床・教育の場で実践してきました。
2021年3月には出生前検査に関する厚労省の専門委員会から報告書が出て、いろいろな妊婦や家族の不安に寄り添う中で、出生前診断に関する相談をする必要性が推奨されるようになり、ようやくこれまで研究をしてきたことや、臨床で感じてきたことの集大成としての活動が実を結んできました。 まだまだこれから出産を控える全てのお母さん・夫婦やご家族が安心できるように、全ての助産師が、全ての妊婦さんや家族の出生前診断に関する相談にのりますよ!となるまでには時間がかかるかもしれませんが、このことが自信を持って言えるような環境になるように、引き続き啓蒙活動をしていき、妊婦健診でお母さんも助産師も”ふつう”に相談し合える場を作っていきたいと思っています。
誰でも、出生前診断については今のネット社会でいろんな情報を取得できる状況なので、専門家である助産師として、情報を正しく伝えられること、他の助産師が困った時にこの人に聞いたら安心!というような窓口になりたいと思っています。
女性とともに歩む助産師は、きっと寄り添う中でたくさんの力を女性からもらい、与え、分かち合い、学びあうと思います。出生前診断に関する悩みを抱える妊婦さんや家族に寄り添うことが重要だ!と思って、大学院で学び、研究していても、様々な研究発表や講演の際に、「助産師なのに人工妊娠中絶に加担するのか!」と怒られたり、「どうせ医師の説明の補助でしょ。」など冷たい視線で言われたり、「私が受けた理由は、これじゃありませんから。」と自身の経験をいきなりぶつける女性や、「遺伝の専門家でもないのに、助産師にできるの?」などと言われ、【助産師として関わるのはおかしいのだろうか。】などと自問した時期もあります。でも、必ず悩んでいる女性や家族はいて、たとえ世の中でトレンドでもなく、注目されなくても、きっとこれは女性にとって大切なはず!と思って、ここまで諦めず、焦らず、ぶれずに前を向いて、やっぱりよかったなと思っています。ですから、これからの助産師のみなさんも、これはきっと大切!と思える何かを、あなたの人生で全うしていってほしいです!